【非公式】メシーカ アナザーストーリー 第1部
これは主の頭の中の妄想を膨らませた非公式のメシーカ。アナザーストーリーであるー。
目次
01.要請
ー。
時はメシーカの大地にてテスカトリポカ戦によるマキナらの撤退、航海長イアソン一行の拉致から三月ほど経過していた。
《戦略神 オーディン》
「おかしいっ!ロキが彼の地へ出立してからかれこれ半年になろうとしておる。別次元へのゲートは以前開かれたまま、問題が解決された様子もない。ロキは一体何をしておるのだ!」
彼の名はオーディン。アスガルド領域を統治する戦争と死を司る主神である。
《豊穣神 フレイヤ》
「うーん、ゲートへの入り口はオリンポス領海、海洋オケアニドの北方と伺っておりますから通常であればもう遠征から帰っていてもおかしくはありませんが…。はっ!ロキのことですからまたよからぬ策を講じてマキナ様の足を引っ張っているに違いありませんわ!」
彼女の名はフレイヤ。美、愛、豊穣、戦いを司る神である。フレイヤが合いの手にオーディンへ返事し、またよからぬ邪推をはじめている。
「そのロキを手懐けるに足る器量とマキナ殿を判断したからこそ、儂はあの灰汁が強いロキの遠征を認めておる。フレイヤの申す通り、彼の方の実力であればもう帰途へついていても良いはずじゃ。それがどうしたことか、使い魔フギンの定期連絡すら断たれて久しい。考えたくはないが何かあったと…!ぐぬぅう…!!」
《伝書鴉 フギン》
貴重なドローソース。
硬直したオーディンの顔は今にも兜の角を真っ二つにし飛び出して行きそうな気配を醸している。その気を察知し、フレイヤはまたか、と思った。覇者の常とも言うべきかオーディンもまた、一度思考が一方へ傾くとその思考へのめり込み手がつけられない荒々しさを持っている。
「いいぜ。」
《雷電神 トール》
「オーディンのとっつぁん、そう鼻息荒くすんな。俺がちょっくら様子を見てきてやるよ。丁度トロール大討伐の勅命もテュールのおっさんがひとりでバッタバッタ倒しまくっちまったからそろそろ収束しそうでよ。力が有り余ってるんだ。」
彼の名はトール。雷神の名を持つアスガルド領で兵達のリーダー的存在。快活で豪胆、また優しい彼に兵の多くは心酔し、“兄貴”と慕っている。トールの目には事態に対し滾る自信と好奇で溢れていた。
「まあ。楽しそう。」
フレイヤはにこにこした表情を繕いながらも内心は既に人ごとになっている。
「ふぅむ、…お前には平時、兵達の統率を任せておるが事態が事態じゃ。国の防護はヘイムダルらに任せるとして…どれ。行ってくれるか。」
オーディンはもう鼻から先にトールへ遠征の依頼を出すことを心に決めていた様子で、トールの申し出を歓迎した。
「そう来なくっちゃよお!へへへ。オーディンのとっつぁん、ありがとよ。ちょっくら行ってくるわ!」
トールの行動は早い。疾風迅雷。考えるよりも行動が先に出る彼の性格は幾多の戦地で功績を挙げる助力となったが、単身乗り込もうとするトールをオーディンは止めた。
「これ、これ。待て。ーフレイヤ、お前も一緒に付いていきなさい。」
「なっ!」
それにはトールも意外な様子で二の句を返せない。
「な、な、な、私?」
もうこの話はトールが行っておしまい。愛猫のジャンと今日はどのお花畑で遊びましょう。そう考えていた矢先のことだった。
「左様。各世界の代表を揃えたあのマキナ殿の団体が消息を断つというのは異常の極み。如何にミョルニルの加護を受けるトールを以ってしても、今回ひとりでは荷が重かろう。お前がトールを助けてあげなさい。ニョルズには私から伝えておく。そしてトールよ、今回の遠征は現地視察のみじゃ。目的は異界の地で何が起きているのか、マキナ殿らが消息を絶った手掛かりを掴むまでとする。深入りしひとりで事態を解決するなどとはゆめゆめ思わぬよう、心せい。」
オーディンの意志は揺らがない。一度決めた事を曲げる性格ではない事をこの領域に住まう者なら誰もが知っている。これにはフレイヤも内心泣きながら恐ろしい程に晴れやかな笑顔で要請を受けた。
「かしこまりましたわ。」
(こりゃあ、おかしな雲行きになっちまったぜ。ひとりで気のまま異界の怪をギッタギタに打ちのめして冒険するつもりがよぉ、フレイヤの姉貴とじゃ、やりづらいぜ。)
オーディンの意外な要請に対しトールもまた心に一抹のざらつきを残した。
02.出立
ー。
「ようし、じゃあ、行くとすっか。」
アスガルド領域を出、トールはオーディンに一人突っ走らぬよう釘を刺されたことも今となっては忘れた様子で、無邪気にそう言った。
「あなたと一緒に異界への調査だなんて、主神もどうかなさっているわ。どうせこのような汗くさいお仕事ならばフレイのお兄様にお願いされたら良かったのに。今日はジャンちゃんと森林へ幻の霊鹿エイクスュルニルを探しに出かけようとしてましたのに!どうしてこうなってしまったのでしょう。ああ…。ああ。」
《霊鹿 エイクスュルニル》
有利交換を助ける優れた高密度のバッファー。
フレイヤはトールの言葉に耳もくれず一人でブツブツ呟いている。
「エイクは子供の前にしか姿を現さねえよぉ。まあまあ、フレイヤの姉貴、乗りかかった船だ、どうせなら楽しくいこうぜ!はっはっは。」
あどけない顔で無邪気に笑うトールを見てフレイヤは心にふつふつと込み上げる黒い感情を持っていると、その時後ろから声をかける者がいた。
「お待ちください。」
《舞踊神 アメノウズメ》
「トール様。フレイヤ様。お久しぶりでございます。イズモ領のウズメにございます。」
そこにはイズモ領域のアメノウズメが立っていた。後ろを見渡すとオリンポス領域のハデス、ルクソール領域のアヌビス、トリニティ領域のラファエルらの連々も揃い踏みで集結している。
「こ、こりゃあ、どういうことだ…?」
普段は万事、細いことなど知ったことか、という豪放な性格のトールもこの事態は流石に戸惑った。各領土の要人ならぬ要神が一同集結しているともなると、マキナ達がかつて行ったものと等しく、それはごくごく自然な反応であった。
「旧知の友と呼べる御方達に対し、背後から声がけするなどという武士の恥をどうかお赦しください。ここへ皆々様がお集まりになられた目的は、全員一緒にございます。どうか、ウズメ達もご一緒させていただきたく。」
トールはウズメらとかねてより存在する辺境の闘技場にて旧知の関係である。辺境の闘技場で行われる祭事は各領域間の希薄な関係性の歴史上で唯一古より遵守され続けて来た。各領、己が領土の力を誇示するように自領の主要な神を祭事に出すことから、各領内で代表格の神の間では少し特殊な顔見知の関係が構築されていた。
ウズメは礼節を重んじ、清く正しく高尚な精神を持っているイズモ領域の神。そんなウズメをトールは高く評価している。どうやら他の領域の面々は件の事態に対し意思の疎通が既に取れているようで、一番疎いのはトール達のようであった。フレイヤはそれに気付くと同時に嵌められた、と思いまた独り言をはじめる。
「んまぁーまあまあ!どうせここにいるヤツらみんな顔見知りだしよ、細い挨拶なんて抜きにして早く出発しようぜ?んなっ!」
《葬送神 アヌビス》
アヌビスがウズメの良識ある挨拶を弛緩したトーンで台無しにする。 軽々としたアヌビスの言動は空気を読む心持ちすら感じられないが、他の心の機微に聡く、トールは話の早いやつ、と嫌いではない。
「ビスケじゃないか。」
「まったその名前で呼んでえ。ビスケのケの字はどっから来たんです、トールの兄貴。まぁいいかあ、どーも。」
トールは自分が気に入った、という自覚を持ったあらゆる万物に対し、よく分からないあだ名を付ける癖がある。アヌビスはトールから呼ばれるそのあだ名をあまり気に入って居ないらしいが、言及してもあまり明朗な答えが返ってこないことを察知し深く追求はしない。
「あと…後ろの二人は…。」
「どうして私がこのような下賤共と…。メタトロン様…。」
《聖癒の大天使 ラファエル》
「ふんっ。」
《地底神 ハデス》
残り二人は挨拶もせず、思い思いに思考を巡らせている様子だった。トリニティ領域が要神を派遣するのは取分け異例で、
「無愛想だなあ。でもマジか?こりゃあいよいよ、おかしな雲行きになっちまったぜ…。」
トールは内心で軽率に異界行きを申し出た自分の言動を少し後悔した。
「トールの兄貴、めんどくせぇ、って顔に出てるぜ〜?フレイヤの姉さんもよろしくな!さあ、行った、行った!」
フレイヤのくぐもった表情を見ながら、アメンが今回の要請をオシリスではなく俺に依頼したのはフレイヤの姉さんが居るからだな、とアメンの見えない意図を感じ取るアヌビスだった。
「…惚れっぽいからなあ。」
03.強襲
ー。
「海が、荒れているな。」
アスガルドを出立し、オリンポス領海、件の異界ゲート近域に差し掛かるなり、ハデスは開口一番そう切り出した。
「え?なんだって?俺には夕凪にたなびく穏やかな海に見えるが。」
トールを始めとする他の神にはとてもハデスの言葉が信じられない。氷と土が自身の構築する世界の大半を占めるトールにとって、海が内包する水も、起こす波も、潮を香りを纏うその風も全てが新鮮に写る。
「おのれ…!」
ハデスはそう呟くと、また無口になる。
《アテナイの操舵手》
兵士サーチ。 兵士は有能が多いため活躍の機会は多いだろう。
「は、ハデス様、脅かしは無しですぜ…。こちとら急遽船を出せって言われて人数はギリギリ、艤装や兵装もそこまで整ってねえんだ。その上海難に見舞われちまうとなりゃあ、干上がっちまう。」
アテナイの操舵手は怯えながらそう言った。舵取る先、大男の二の腕は恐怖で震えている。それもそのはず、海を象徴とするオリンポス、その神々の言葉は巫女や海を知り尽くした同業の者の助言など比較にならない程に絶対的な効力があるのだ。その神が、“荒れている”と言う事は、すなわちこの先絶対の苦難を暗示していた。
「まあ、なんとでもなるだろ!そりゃあ出発前はめんどくせえことになっちまった、って思いもしたけどよ、各領の主要神が揃ってんだ、オオダコやオオイカの一匹や二匹が出てくれようもんなら旅の門出に華を添える、ってもんだぜ!」
トールは最初こそ面食らい戸惑いを見せたものの、出立から一週間もした今となってはカラッとした表情を見せ、戦いはまだか、まだかと胸を高鳴らせていた。
「舵手の方達がこれほどまでに怯えているのにトールったら無神経ですわ。だから私はあなたとの旅は嫌だったのに。舵手の皆さま、心配はいりません。皆に、愛の施しを。」
フレイヤの言葉は煌めく聖水が如く、舵手の心へ浸透し安堵させた。それはいいとして、言ってもどう仕様もないことを言うことを忘れないのは女の常か。
「女神様…!ありがてぇ、ありがてえ。」
舵手がそう感謝の言葉を言い終えるが先か事態が先か、突如船の後部甲板からぐあん、という怪音と同時に水夫の悲鳴が聞こえる。
「ひ、ひぃ…ひいい!け、ケートス…ケートスが出たぞぉ!」
「グヮギャオォオン」
《大海獣 ケートス》
海洋に乗ったケートスは非常に脅威
大海獣ケートス。気性の荒い海のどう猛な捕食者。ケートスの腹の中には街が丸々ひとつ入っているという逸話を持ついわくのモンスターだ。そのケートスが船に百は人を乗せるだろう大帆船の後板に突如躍り出た。気づけば周囲の地平は渦巻き、天より豪風と叩きつけるような強い雨。一変して大嵐へと表情を変えている。
「突然すぎんだろぉ!いきますか、兄貴ッ!」
アヌビスは瞬時に状況を理解し、トールを誘った。
「冗談が本当になっちまった。言霊ってやつかよ、すまねえな、舵手さんよ。しかしこいつぁ正真正銘の大船だ、安心してくれ。」
トールは舵手へ悪びれながらそう言い残し、内心では長い船旅の退屈を打破するこの状況をこれよしと歓迎しながら甲板へ向かった。
「爆ぜろ…ッ!」
ハデスのマジックボールがケートスの首に直撃する。どうやらハデスは怪異の気配をいち早く察知し、先回りをしていたようだ。
ーギャウゥン。
ケートスは苦しそうに咆哮し無作為に物資や甲板へ頭を打ち付ける。船は過度な重圧に悲鳴をあげてぐらぐらと揺れた。
「こうなること知ってたんなら教えてくれても良かったんだぜぇ!ハデスの旦那ッ!手元が狂ってそのソウル魔法が自分の顔面に当たらないよう気をつけなッ!そらっ、ピラミッドの瘴気!」
《ピラミッドの瘴気》
対象を弱体化させるルクソールの主要スペル
駆けつけたアヌビスはケートスへ弱体魔法を放ちながらハデスに皮肉をたしなめる。
「…ふんっ。」
「相変わらず、無口だなあ旦那は。」
両者の関係が改善するには共に過ごす時間と経験がいささか足りないようであった。
ーギャゴォオン。
緑の毒々しい瘴気に包まれたケートスは苦しそうな悲鳴をあげながら黒い水中へ溶けて行く。
「もうやっちまったのかよ。カーッ、流石に手が早いな、ビスケ。」
少し遅れて駆けつけたトールは戦況を見るなり事態の収束を判断し、アヌビスへ声をかける。
「兄貴、その言い草どうなんです?…いや。まあ、そのおいらは鼻が効くもんで…どうやらまだ終わってなー。」
ーゴゥっ。
刹那、轟音がアヌビスの言葉をかき消す。
「…ん、なんだって?」
言葉を途中で辞めたアヌビスにトールは次の句を促す。
「 おいおい、アヌビス。」
ーゴゴォーゥっ。
「聞こえねえかい?兄貴。」
「何がだ。」
ーゴゴォーゥ。
ードゥッ、…ドッ、ドッ、ドッ。
ードゴ、ゴゴゴゴゴゴ。
「はは。こいつぁ、ちょっとヤバイかも知れませんぜ、兄貴。」
体中に備わるあらゆる危険察知能力が警鐘を鳴らし、トールの体を全身ピリピリとあわ立たせる。
「ああ、俺にも分かったよ。」
04.突入
ー。
《スキュラの戦魚》
相手のフェイスへ直接ダメージの飛ぶ希少種。
「総員、帆を広げ全速前進!急げ。」
ハデスが叫んだ。
ーシィギュァアアア!アアア!
後方から現れたのは、全長三メートルをゆうに超し肉は愚か鉄さえも噛み砕き食らうスキュラの戦魚の大群であった。地鳴りのように聴こえた奇怪な音の正体は戦魚が高速でこの船めがけ大移動する音だったのだ。よくある船乗たちの海難談で数匹の戦魚に襲われ、小・中帆船が沈められると言った話はポピュラーで、スキュラの戦魚を単体、或いは同時に数匹遭遇することは然程珍しくない。
「おいおい、この数…。五十、いや、百を超えてるぞ!」
未曾有の天災と言える。トールとアヌビスの眼前を戦魚の大群が真っ黒に塗り潰し、一斉に船めがけ襲い掛かる。嵐はより一層荒々しさを増し訓練された水夫ら船員でさえ最早まともに立つことが怪しくなっている。
「小僧ども、呆けてないで手を貸せ。逃げるぞ。俺は操舵席へ向かう。あとは分かるな。」
ハデスには今の事態に対する最善の策が見えていた。
「さっすが年の功、ってやつですかねぇ〜!ッ逃げるが勝ち!兄貴、自分は砲台室へ行きます。ここは任せましたぜ。」
アヌビスは突き刺すような強い雨粒と強風に煽られながらも身軽に砲台室へ向かった。
「ははっ、全身泡立って仕方ねえ。怪我したやつは中に入ってな、おラァ、行くぞ!」
トールは叫び、自らボルテージを上げ戦魚の群れに飛び出した。
「オラオラオラオラぁ!」
鋼鉄を纏っていると錯覚するほどに鍛え抜かれた分厚く強靱なトールの肉体はどんな体勢であっても重心を失わず、身の丈ほど大きくした鎚ミョルニルをあらゆる角度から力一杯かなぐり回し、竜巻が呑み込むそれの如く、片っ端から次々と戦魚達を倒していく。鎚ミョルニルはどれほど強く打ち付けようと決して壊れず、大きさを自在に変えることや、的へ向け投げれば必ず命中し、再び手に戻るという性質を持っているトールの頼もしい相棒だ。
ーキシャァアアアッ。
戦魚達はトールの力量を推し測り、目標を帆船へ切り替える。
「おいおい、親玉はいねえのか、こいつぁキリがねぇ。」
トールは雨風で視界の悪い中それらしき目標を探る。
「ーバルドルの閃光!」
《バルドルの閃光》
ーキーン。
後方からフレイヤの支援が届いた。
「ぐおあっ、タダではやられんぞ!」
ーシィャアアア。
戦魚の群れに浴びせたその呪文は宙へ弧を描き一瞬の閃光の後空気を、また水を伝い、辺りを焦がした。
ーギィ、ギィイ。
自分たちの知らない攻撃を受けた戦魚達はひるみ、こちらの動向を伺っている。その機をハデスは見逃さなかった。
「砲台、打て。全力で振り抜ける。」
船は荒れ狂う波を越え、ゲートに向かいひた走る。
「ゲートが見えたぞ。」
ぐあんぐあんと高波弾け合う視線のその先、海上にあんぐりと口を開けるように漆黒の闇が眼前いっぱいに広がっている。
ーキシューッ、シューッ。
戦魚の群れは逃げる餌を逃すまいとキシキシ歯を立てて迫ってくる。
「くぅ、これ以上は、船が逝っちまう」
舵手が悲鳴をあげた。構わない、進め。ハデスは襲い来る戦魚を捌きながらそう命令する。
「ゲートに入りますぜッ!」
眼前に広がる巨大な黒は立ち塞がる巨大な岩にも、大陸にも見え、船首がゲートへ触れる刹那ぶつかる、と船員の誰しもが思った。
「イッけぇええーーッ!」
ーとゥン…ッ。
ーキィシャアアア。
八方を覆い尽くしていた戦魚達の歯軋り音が背中から、また遠い後方から、次第に小さくなっていく。
ーシューッ、キシューッ。
ーシュー…、シュー……。……。
……。
周囲は暗闇と無音に包まれた。今起こっていた強風も、雨も、波のうねりも感じられない。
「無事にゲートへ侵入できたようだな。」
ハデスは眉ひとつ動かさずそう言った。
05.到着
ー。
ゲート侵入から二時間。
周囲を包んだ暗闇は次第に晴れ、薄く蒼い宇宙のような空間の中を一行は進んでいた。
天を仰げばそこには無数の、どの文明のものか判別のつかない、どこの勢力にも属することのない魔法陣が蝋燭のようにぼぅ、っと浮かび上がり、それは夜空を彩る星のように温かい。
「皆様ご無事で何よりです。死者は出ていないようで、とりあえずは何より、と言ったところでしょうか。」
治療班の陣頭指揮とまた自らも怪我人の介護を行なっていたウズメは安堵した表情でそう言った。甲斐甲斐しく世話をした様子がウズメの額に浮かぶ汗から読んで取れる。
「いやぁ〜いきなりヤバかったっすね〜!おいら久しぶりに生きてるーっ、て感じしましたよ。」
アヌビスはあっけらかんとしている。船員達は一時のパニックから精神が戻り落ち着く者、前途に悲観する者、奮い立つ者とそれぞれに別れた。船の被害状況は深刻で、竜骨を損傷していることが判っている。竜骨とは船を支える基盤の働きを担い、船の生命線といえる重要な箇所である。現在はゲート内に満ちる謎の浮力による誘導で船の舵を取らずとも勝手にゲートの意思のまま船は進むが、帰途は別手段を用意する必要が生まれた。
「トール。」
フレイヤが真剣な眼差しでトールを見つめる。
「あなたも先の戦いで承知していると思いますが、どうやらこの旅は悠々と遠足気分でいられる程優しいものでは到底無いようです。主神が申されたこと、分かっていますね。深入りは禁物です。」
「わぁーかってる、俺は戦神だ。押し引きは心得てる。」
フレイヤはそれならいいのですが、とは言わず無言で立ち去った。それを見てトールは参ったなぁ、と思った。
それから数刻して、船の進行先にまばゆい光が集まり始め、時の経過と共にその光は次第に大きく、船を包み込んでいった。
「見、見ろよ…!」
何処からともなく希望とも憂いとも取れる細い声で誰かがそう言う。
一行の眼前に降臨するは彼の地、メシーカ。
魔力と幽玄の大地。到着であった。
「着いたな。」
トールは自信に満ちた面持ちで、その目は一線にメシーカの地を捉えている。
「たっ、大変ですっ!」
船員達が騒ぐ。一体どうしたのだ、ハデスは不機嫌そうに尋ねると、突拍子も無い答えが返ってきた。
「ら、ラファエル様が…いま…せん。」
この不測事態へ瞬時に二の句を継げる者は居なかった。
To be continued..